くすり3  


「イルカ先生、まだ怒ってるかな…」
「…頼むからもう俺の聞こえる範囲でその話をするな」
 イルカに眠り薬を使ってから5日。カカシは任務が終わりようやく木の葉の地に立っていた。
「……お前がそもそもあんなクスリを俺に渡すからいけないんだ」
「どこのガキの理屈だ」
 アスマは重いため息をついた。
 隣の子どもじみた上忍が、恋人に媚薬を使いかけた所でばれそうになり眠り薬を使った話はもう嫌と言うほど聞かされた。
 そして結局怖くて顔を会わせることができずそのまま任務にたち、物凄い後悔していることも。
「つーか、いいか。俺はとにかくもう知らん」
「うっわ。薄情……」
「お前には言われたかねぇ!」
 怒鳴り捨てて帰ろうとしたアスマだが、ふとカカシの気配が乱れたことに顔をあげる。
 そこには呆然とした顔のカカシが居た。
「んあ?」
 なんだ、と瞳で問いかけながら、カカシの見ている方向を見る。そして一瞬にして納得した。
 結構離れた場所だが、茶屋がある。そしてそこから、イルカが出てきたのだ。
 よかったじゃねぇか、と嫌味をこめて言おうとしたとき、カカシの表情の謎が解けた。イルカの後ろからもう1人姿をあらわしたのだ。
 なんとなく見覚えがあるから上忍かもしれない。その男はイルカに親しげに笑いかけ、そしてイルカも笑って何かうなづいていた。
 仲のいい友人との光景。
 だけれど確実にそれが、恋人であるカカシの瞳にはそう映らないことがアスマには嫌になるほどわかっていた。
「……友人だろ」
 無駄なあがきと分かりつつも、つい呟く。
 呟きながら、本当にこの二人は恋人なのか、とも思ってみる。
「………」
「おい」
 呼んでもカカシから返答は無い。
「おい、ったく」
 もう一度呼んで、チャクラに殺気を込めれば条件反射というようにカカシの体がピクリと反応した。
「アスマ」
「……なんだよ」
「今俺は何も見なかった」
「……」
 現実逃避か。
 こんなときにはどう対処すればいいのか、どんな指南書にも載っていないに違いない。
「俺は何も見なかった……」
 ぶつぶつと言い聞かせるように呟きながら、カカシはよろよろと歩き出す。
「…イルカがいたろ」
「知らない」
「お前、ただの友人といただけだろが。んなことくらいで心配するんじゃねぇ」
 その言葉にピタリ、とカカシの足が止まる。
 そしてくるり、と振り向いた瞳はもはや半泣きだった。だがすごい勢いでアスマの胸倉を掴みあげる。
「ねぇっ」
「お、おう!」
「俺もまさか、先生にとって友人、なんていわないだろ!?」
「俺に聞くなっっ」
 結局里に戻ったものの、報告書を提出できるまでに長い時間を要したのだった。


「あ、帰ってきたんですか」
 久々に、イルカの起きている時間にチャイムを鳴らすと相変わらずそっけない声が出迎えた。
「はい。ただいまです」
「まぁどうぞ」
 一応来たのなら、とでも言わんばかりの態度でイルカが部屋へ招き入れる。
「今日、何をしてました?」
「あー俺ですか?別にいつも通りですけど」
 アカデミー行って、受付行って。
「寄り道とかしないんですか?」
「しませんよ。生徒じゃないんですから」
「生徒じゃないからするんじゃないですか」
「俺はしません」
 何度も問われ不機嫌になったような顔をイルカがする。
 カカシはそれを、いつものように緩んだ顔で見つめる。いつもと変わらないイルカの姿にまねるように、いつもと同じ表情をする。
 カカシは、大抵イルカが言うことなら全てを信じてきていた。嘘をつかれても見破れないことが大半だった。否、見破ろうと思わなかったのが大半だった。
 だが今になり、何故か妙に心臓は煩く音を立てる。
「酒持ってきたんですよ。飲みましょう」
「うわ、これまたいい酒ですね。今回は…雲の国だったんですね」
 イルカは酒が好きだ。それを知って以来カカシはいつも土産には酒を選んでいる。カカシは飲めれば何でもいいクチなので、よく紅を捕まえては酒の話を聞いた。そのせいか、最近はそれなりの酒を、イルカを喜ばせるくらいの酒をカカシも1人で選べるようにもなった。
「ま、じゃあどうぞどうぞ」
 カカシさっとグラスを差し出し、イルカはそれに酒を注ぐ。
 肴はいつも準備をしない。小腹がすいているならカカシがいつも途中で何かを準備する。
 カカシは自分の杯を空け、イルカも自分の杯をあける。イルカが美味いです、と顔を輝かせた。それを見て、カカシはイルカの杯に酒を注ぐ。喜んだ顔を見るのは、とても嬉しい。それが例えどんな状況であれ。
「もっと飲んでくださいよ」
 少し酒が入れば、大人は口が軽くなる。だから、カカシは怪しまれない程度にイルカに酒をそそぐ。
 頭に浮かぶのは昼間の光景。それをどう聞くか、聞くべきことなのか判断をつけるまでにこんなにも時間がかかってしまった。
 未だに決断しきれない、弱い自分にあきれ返るが、それでもカカシはもう一度口にした。
「で、今日の昼間は何をしてたんですか?」
「は?だからアカデミー行ってましたよ」
「その後です」
「受付行ってまっすぐ帰りました」
 イルカはきっぱりと、当然のように言い切る。
 隠されているのだ。あの男のことを。そう思うとすっと、体温が下がった気がした。
 だからカカシはイルカに酒をそそいだ。

 粉末をばれないように、同じ杯に混ぜながら。



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