くすり2  


「あんなに言ったのに…お願いしておいたのに…」
 アスマが控え室に足を踏み入れた瞬間、耳に入ってきたのはそんな呟きだった。
 そのままあけた扉を閉めたい衝動に駆られるが、その時にはドアに触れている手は、別の人間の腕につかまれていた。見なくとも、口に出さなくともそれが誰のものなのかアスマには分かる。
「生憎俺は忙しいんだ」
「お願いしていたのに……」
 一目で落ち込んでます、とわかるオーラをまとったカカシにアスマは重いため息をついた。紅はいないのだろうかと、思わず気配を探してしまうが生憎この手の話題と噂が大好きな女は今任務に出ているようだった。
「面倒くせぇ」
 アスマは呟くが、しょうがなくソファに座る。
 それはカカシの話を自主的に聞くためではなく、噂好きの紅のために、カカシの恋話をしてやるためにしょうがなく腰をおろす。話を聞くのは面倒だが、そのあとで紅からもらえる酒は、アスマの口にあう上等なものなのだ。最もそれは、酒好きで有名な紅の元へ、男たちが貢いだ代物なのだろうが。
「あーったく、でなんだ。何があったんだ今日は」
 寝ていたのに気づかれず踏まれただの、好きですか?と聞いてそんなことを聞く人は嫌いです、とめったに見れない極上笑顔で言われただので騒いでいたのはつい先日。一体今度は何だというのか。
「任務がさ」
「任務が?」
「入っちゃったんだよねぇ……」
「……お前忍辞めろや」
 あまりにもな言葉に、いくらいつも美酒をもらっている恩があるといってもこれ以上ここに居たくなくなる。
「あー違う違う。任務自体はいいんだって。俺任務好きだもん」
「好きってのもちげぇだろ」
「たださ、曜日が…曜日が問題っていうの……?あれだけ、あれだけ!!!頼んだのにっっ」
 何でよ、何でだと思う、とガクガクとアスマを揺さぶる男はこれでも里の誇る忍。そしてそんな風に呆れながらも、悲しいことにアスマにはすぐ理由が分かってしまった。
「あー……イルカか」
「……俺の週に1回の楽しみが……それを楽しみに週過ごしてるのに。体調崩さないようもーう万全の注意してるのに!任務だって怪我しないようにめちゃめちゃ注意してるのに……!!!!!」
 アスマはその内容はともかく、悲痛な叫び声にしみじみと思い出す。週1回のH。その話を聞いたのは確か先週の任務中だ。その時聞いた話から、やっぱりたった1週間では進展が無いらしい。
「あーもういいんじゃねぇ。襲っちまえよ」
「……そんなことしたら、2週間以上は口きいてもらえない…」
「…男なら後のこと考えずガンと行け」
 それはもうただ面倒くさいから。
 昔はこんな話をする奴ではなかったはずだよな、とアスマは、「鬼!悪魔っ」と喚く男の声を聞きながらしみじみと思う。
「男ならさっさと腹くくれや」
「俺はイルカ先生とイチャパラがしたい…!!!」
「じゃあやれっつてんだ」
「やれるんだったら苦労しないって言ってるでしょ!!」
 なんで自分が怒鳴られないといけないのか。
 しかし売り言葉に買い言葉。言葉の応酬は結局続き、一度捕まると逃げることができない。それが骨身に染みたアスマだった。


 イルカの休みが終わる日の、朝に近い時間。
 カカシは任務を終えた足で、イルカの部屋へと来ていた。気持ちよさそうに眠るイルカの顔。その顔を見ているだけで、この部屋に入れてもらえるようになっただけで確かに幸せだが、それでもやっぱり見ていれば望むものはある。
「あー可愛い…」
 いつもと同じことを呟きながら、そっと手を伸ばして少し開いている口に触れる。暖かい感触にするすると何度か指を小さく行き来させると、くすぐったいのかん、と呟いてイルカが体を動かす。
 思い返せば、週に1回のHだって、半泣きになりながら勝ち取ったのだ。声はかみ殺してばかりだが、その顔を、表情を見れるならもう何でもするとばかりな自分に、物凄い勢いでイルカがあきれた顔をしたのを未だにハッキリと覚えている。最も、基本的にイルカのどんな表情も、覚えてはいるのだが。
「う…イルカ先生……」
 思わずふらふらと顔を近づけてしまう。
 ぺろり、と舐めると乾いた唇の感触が広がる。なんとなく。かさかさで、痛そうな気がしてもう一度舐めた。
 本当なら、このままかぶりつくようなキスをしたい。そのままついでに、この唇から喘ぎ声を漏れさせたい。だが、確実にキスをすれば起きるだろうし、つっこんだりしたら、半端じゃなく怒られる。
 アスマになんと言われようが、カカシはイルカに弱い。だからイルカの嫌がることを押し通すことがどうしても出来ないのだ。
「あ」
 ふと、先週のことを思い出し、カカシはポケットを探る。
 ポケットに入っている小さなケース。そこに入っている錠剤を一つ取り出す。
 媚薬。
 寝ているうちに飲ませてしまえば、訳がわからないんじゃないだろうか。
 ごくり、と思わず喉がなる。そっと手を伸ばし愛しい人の肌を触ればあっという間に決心はついた。
「…ごめんね、イルカ先生」
 謝りつつも、心臓はかつてない程高ぶっている。耳のすぐ側に心臓があるような煩さだ。初めての任務のときだって、どんな強敵と会うときだってこんな状態にはなったことはなかった。
 パキン、と錠剤を半分におって、ゆっくりとその指をイルカの口へと近づける。これで上手く飲み込めないようだったら、口移しでもしようかと考える。
 指がイルカの唇に触れそうになった瞬間。
「…ん…」
「!!!!」
 イルカがぱっちりと眼を覚ました。その眼はすぐにカカシの指を捕らえ、眉が……。
「ひっ」
 その眉が寄るのを見る寸前、ばっとカカシの手からは反射的に粉末状の眠り薬が舞う。咄嗟のことのため、調整できなかった粉が一瞬にしてイルカの眠りを誘う。
「…は、はー…はー…はー……」
 荒い呼吸をカカシは繰り返し、冷や汗を流しながら、ベットと反対側の壁に張り付く。イルカは疑う余地もない程深い眠りに落ちたようだった。
 冷静になり、心臓の音も静かになった頃、ガクリとカカシは膝をついた。
「……うう」
 妙にな泣きたい気持ちになったのは、なんでなのか。
 それは案外難しい問いだった。







○月×日
 カカシ、敗退。残りの薬は後、3種類。