くすり  


「不安なんだよねぇ」
「……死体背負いながら、気持ち悪い声だすんじゃねぇ」
 だってさ、とカカシは言いながら肩から落ちそうになった死体を担ぎなおした。
「任務が終わったからこそ思い出すんだって。あー早くあの人に会いたいなぁって」
 カカシはそこでまた、大きくため息をついた。もちろん暗く足場の悪い森の中を駆けながらだ。
「つーか、不安になる必要もねぇだろ」
 あいつがこれだけの間付き合ってるならよ、と愚痴をこれ以上聞くのが面倒なのか、アスマはさっさとカカシがすきそうな言葉を投げる。
「そりゃ俺だってそう思うけどさ…でもねぇ」
 イルカを、男らしい性格の愛しい人を、口説き落として半年。
 絶対に無理だと周囲に言われながらも、本人にもきっぱり断られつつも半年かけてようやく頷いてもらえたときは本当に嬉しかった。もちろんその後の半年、現在にいたる間のことだって思い出せば顔がにやける程幸せだ。
「あの人ってさっぱりしてるじゃない」
「熱いだろ」
「熱いけど、なんての。意見とか態度とか、意思が強いからこそさっぱりしてるっていうか」
「あー…まぁ確かにな」
「でしょ。で、毎日会っても、Hしても何してもさ、ずーっといっつもあんな感じだし。甘えてくれたことも弱音吐いてくれたこともないし…いや、だって本当いっつもなんだって。いっつも!」
 惚気か、と言いたくなったアスマだが、判断に難しい所だ。
「そりゃさ、たまにはあんあん言ってもっとだとか言われてみたいでしょ!?終わったあとだっていちゃいちゃしたいって思うだろ!?なのにあの人、あの人は、終わったら暑いからくっつくなとか言ってさっさと俺を捨ててくんだよ!?」
「……」
 子どもがここにいる。だが、実際ちょっと考えてみればそれなりに切ないものである。
 甘えている、というイルカもアスマには想像つかないが、Hをしても何をしてもいつものあんな態度を取られていればそれはそれで切ない気もする。
「Hは週に1回、しかも1回につき1回。うっかり任務いってたらその機会も無くなるし…」
「…そ、そうか」
「相変わらず仕事好きだし、生徒好きだし、なんてかナルトの方が好かれてる?って感じだし。や、これは分かってたよ。分かってたけどさ……」
 憐れな男がここにいる。カカシの本日一番重いため息を聞きながら、アスマは口の中で面倒くせぇ、と呟く。しかし呟いたところで、任務という拘束がある限りこの場から逃げることはできない。死体を担がなかった罰なのか、と自分に問い掛けつつもまだ里につくまではもう少しある。暇つぶしだ、暇つぶし、と自分に言い聞かせつつ、聞きたくも無い男の恋愛話を無理やり考える。
「あ」
「何」
 走りながら、アスマはポケットから四角いケースを取り出し、後ろを振り返りもせず投げた。
 それを難なく、当然のようにカカシも開いてる片手で受け取る。
「これヤマブキの?」
「それ使えや」
「これ?」
「ま。バレたら死ぬほど怒られると思うけどよ」
 カカシは渡された四角い手のひらに治まる程度のケースに目をやる。
 薬の作成を主に手がけるヤマブキはカカシも何度か対面はある。今回のように、護衛されている人物の護衛を傷つけず主要人物のみ暗殺し持ち帰るとなると、たまに薬を使うことがある。ケースを片手で開けてカカシは一瞬言葉に詰まる。
「…何この選択」
「俺に聞くな。ってかもうそれで問題解決しろ」
「えー」
「えー、じゃねぇ!おめぇももうちっと甲斐性つけろや。不甲斐ないんだろ、てめぇが」
「あ、ちょっと何それ!俺の一体どこが甲斐性なくて不甲斐ないんだよ!」
「イルカにとってはそうなんだろ」
 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、物凄い速さで駆け抜ける上忍達はそのまま里につき、その煩い帰還に火影に注意を受けたのはまだ後の話だった。


 火影への報告も終わり、カカシはいつものようにイルカの家に足を向けた。もうこの時間なら寝ていることは分かっていたが、ひとまず顔だけでも見たかった。
 見慣れた家に音を立てず忍びこむ。愛しい人は静かな吐息をたてて寝ていた。
「可愛い……」
 でれっと顔が緩むのは自分でもわかる。だって可愛いのだ。本当に可愛いのだ。
「あーあ」
 ぼりぼりと頭を掻いてそれから床にしゃがみこむ。
 ポケットからケースを取り出し、改めて中身をじっと見つめた。
 入っている錠剤は6種類。多分この中でアスマが使えや、と言ったのは自白剤。しかも自白した記憶も残らない、優秀なものだ。
 しかし、それ以外の残り5種類。頭痛止めや、泥酔状態になる薬、眠り薬、なんていうのはまだ分かる。残り2種類は、媚薬に催淫剤という組み合わせだった。
「媚薬……使えばあんあん言ってくれるかなぁ」
 普段は声をかみ殺すばっかりで、一度無理やり声を出させてやったら見事その後家に立ち入り禁止に、2週間近く完全無視をされてしまった思い出がある。
 たまにはもっととか聞いてみたい。むしろ本当に気持ちいかだって聞いてみたい。そりゃ顔や態度でわかったとしても、どうなのか実際言葉で聞かないと不安にもなるのだ。
「まぁでもまずはやっぱりこれかぁ」
「……あれ」
「あ、お、おこしちゃいましたかっ」
 突然むくりと動いた塊にカカシは動揺を隠せずにあわあわと意味も無く立ち上がる。
「夜に煩いですよ」
「……すみません」
 不機嫌そうな言葉に、だけれどいつも通りのイルカの言葉にカカシは顔を緩める。
 怒られてもこうして任務から帰ってきたときに声が聞けるのは嬉しいのだ。
「それ、なんですか?」
 半分目を閉じている状態のイルカがカカシが手に持っているケースをぼんやりと見ている。
「あ、え、あっと…っ、……薬です」
 薬、という言葉にイルカはじっとカカシを見た。不機嫌そうに、眉が寄っていく。
 カカシは心臓がばくばくと音を立てるのを感じた。もしかしてバレてしまったんだろうか。中身すら。
 馬鹿正直に答えてしまった自分を本当に馬鹿だと罵りたい。
「なんで分かったんです?」
「え」
 だがイルカの言葉は予想外のものだった。
「具合悪いって」
 言われてカカシはもう1回口から出そうになった「え」という言葉を無理やり飲み込んだ。
 確かによく見てみれば、イルカは少しだけ任務に出る前よりやつれていて、チャクラも少し不安定だ。
 カカシはすぐにそれを分からなかった自分が馬鹿だ、と思いながらも慌てて水を汲みに台所へ走る。コップと、そして頭痛止めを取り出しイルカに差し出した。強い薬なので、多分この程度だろう、と思える量に調整する。
 上半身を起こしたイルカはそれをゆっくりと飲み込んだ。
「もう寝て下さい」
「言われなくてもそのつもりです」
 イルカはやっぱりそっけない。だけれどそんな態度がまた愛しい。重症だ、とはアスマに言われなくとも本当に身にしみている。
 コップを台所に置きに行こうとしたとき、イルカの手がそれを奪う。
 まだ飲むのかと思うと、それをイルカはベットの側にある棚に置いた。
 ああ、まだ喉渇いていたのかな、と思ったがイルカはそれからゴロンとベットの端にイルカは横になった。
「イルカ先生……」
 自分の声が嬉しさに溢れていることをカカシは分かっていた。
 それはつまり横に寝ていいってことですよね、と言いかけて慌ててそこは飲み込む。
 あんたは露骨なんです、としょっちゅう怒られているのだ。
「お休みなさい」
 ぶっきらぼうで、いつも通りの言葉だけれどカカシは顔が緩むのが止まらなかった。








○月×日
 カカシ、不戦敗。残りの薬は後、5種類。