ある意味本当の 犬ですが、何か? 

「先輩が、入院?」
 任務から戻ると、先に戻っていた仲間が教えてくれた事実にヤマトは思わず上ずった声を出した。
「らしいぜ。任務から帰ってそのまま病院に送還されたみたいだからな」
 その話を聞いて、ヤマトはさっと顔色を青くした。まだ自分も戻ったばかりで報告も行っていない。体も疲れきっている。それでも、一瞬で思考はこの後どう時間をつくって見舞いに行くか――それのみになる。
(報告は絶対だ。それからすぐに行けるか? 木の葉病院ならあそこから近い。全力で走ればさほど距離は無いが…いや、でも武具は今日出しておかないとまずい。握りを作る場面には立ち会わないといけないとなると、順番待ちがどれくらいかで…)
 無表情ながらも必死に考えていれば、同僚は何を思ったのか手を差し出してくる。
「俺、代わりに報告いっとくぜ」
 ヤマトはその言葉に目を丸くする。だがそれは一瞬のことで一も二もなくその提案に飛びつき、帰る途中で書いていた報告書を男に渡した。
 ヤマトはその生まれの特殊さから、あまり周囲に馴染んだ生活をしてこなかった。だからこそか、逆に互いが互いに無関心な暗部の居心地が良い。ずっとそう思いながらこの暗部で過ごしていたが、それに寂しさを感じていたことをヤマトは、はたけカカシの元についた時に知った。
 ヤマトにとってはたけカカシは、忍としても個としても尊敬すべき先輩だ。カカシにそのつもりはなかったろうが、振り回されながらも、仲間として守られた生活は忘れられない程貴重なものだった。
(さすが、先輩のことになるとみな親切だ)
 ヤマトはそんなことを満足げに思いながら、傷んだ武具をひとまずは控え室に置かせてもらい全力で駆け抜ける。
 同僚達はただ、普段淡々としているヤマトがはたけカカシが絡んだときだけ人間味が出る――別に言えばからかいがいのある人間になる――ことを面白がっているだけのことだったが、ヤマト自身は一向に気づく気配は無い。
 無表情な男が、カカシが意識不明だといえば皿を割る。淡々としている男が、カカシの任務の話をするときだけは、嬉しそうに得意げになる。その他、誰かがはたけカカシの名前を出すと本人は無表情のつもりでも聞き耳を立てているのは丸分かりだし、誉めれば物凄く嬉しそうだ。人として、からかわれずにはいられない状態なのである。
 だが、ヤマトは自分が親切を受ける対象になるとは思ってもいなかった。理由はどうあれば、こうして同僚の優しさや気遣いを『間接的』に感じると、心が温かくなり、更に『はたけカカシ』への尊敬の気持ちが高まっていく。
「『はたけカカシ』の病室はどこですか?」
 たどり着いた病院で訪ねると窓口の女性は笑いながら、手を振る。
「今回、はたけさんが入院したわけじゃないのよ」
「え! じゃあ先輩は…」
「あ。でも多分来ることにはなると思うけど」
 窓口の女性は忍ではないようで、少し首をかしげながら説明をする。
「あのね、今うみのイルカさんという方が入院されているんだけれど…火影様が、はたけカカシさんが里に戻ってきたら、その病室に現れるっていうのよ。どうせボロボロの状態で帰ってくるだろうからちょうどいいって言ってらしたみたいだけど」
 転移の術による強制移動。だが、それに予想がついたとしても、何故そんな不思議なことを里内でするのか。
(もしかして、先輩――末期的に体調を崩している部分があるのか?)
 それで病院を嫌がっている。
 病院側はいつでも受入を準備しておけということで、火影の指示が徹底している。ということならば確かに分かる。
 その納得のいく考えに、ヤマトは一瞬で顔が青ざめる。
(けど、うみのイルカって…誰だ?)
 ヤマトの知る限り、そんな知り合いはカカシには居ない。
 思いながらも、暗部の同僚が報告してきたということは里内に帰ってきているのは確かで。
 あの受付の女は知らなかったかもしれないが、きっともう病室にいるのだろうと足を向ける。
(ここ、か?)
 そして病室の前の扉に立った瞬間、ヤマトは色んな意味で硬直した。
「………」
 だって聞こえるのだ。声が。音が。
 扉に耳を立てずとも、鍛えられた忍の耳は簡単に音を拾ってしまう。
『っあ、あ』
 何をしているのかなんて丸分かりだ。
 何度も病室の番号と、そして中の音を聞いてしまう。だが、聞けば聞くほど、確かに所どころでカカシの声が混ざっている。
(せ、先輩…!)
 立ち尽くしたまま、ヤマトは呆然と扉を見てしまう。
 ここは病院だとか具合は大丈夫なのかとかより、ただショックを受けて立ち尽くす。
「どうかされました?」
 そのためか、本当に背後に近付かれるまで全く気配を察知することができなかった。振り向いたところに立っているのは、まだ年も若そうな医療忍。手に資料を持っていることから、この病室の見回りにきたのかもしれない。
 ヤマトはそこで我にかえり、扉を己の背中で隠すように立ちなおした。
「…申し訳ありませんが、今はこの扉を通せません」
 低い声で淡々と言い切る男の姿。
 それは妙な迫力がある。
 何か聞いてはいけない話をしているのかと、若い医療忍は怯えたように頷き立ち去っていく。
「……ちょっと、先輩」
 結界も張られていない。完全放置の状態で、一体何をやっているのか。
 だが怒鳴り込むことも、またここを不用意に立ち去ることもできやしない。敬愛する先輩に、いらぬ恥をかかせるわけにはいかないのだ。
(うみのイルカ…)
 病室のプレートにそんな名前が書かれている。
 一体うみのイルカとはどんな男なのか。よく分からない感情が八つ当たりのようにふつふつとヤマトの中に沸き起こる。
 あの先輩に恥をかかそうとした男。もしかしたら、その男が誘い、こうした事態を巻き起こしたのかもしれない。
 別にヤマト自身はたけカカシのことを恋愛対象としてみたことも、そういう意味で好きだと思ったことなど欠片も無い。
 だが、面白くないのは事実だ。
(終ったら、絶対どんな男か見てやる)
 力強く決意し、ヤマトは不穏な空気を発しながらも、はたけカカシが出てくるまで扉の前に居座りつづけたのだった。   








ガンバレヤマト!
しかし私の書くヤマトは偽者っぽくてすんません…