「お。イルカ」
「ああ。今日からこっちも復帰だよ」
受付所でイルカは同僚の隣に腰を下ろした。
「お前も本当、ろくでもないことにばっか巻き込まれるよな。もう大丈夫なのか?」
「もう、な」
「そっか。それならよかったよ」
同僚は笑って書類をイルカに手渡してくる。受付所には数名人が居たが、待ち合わせなのか休憩を兼ねているだけなのか、彼らはソファーのところで何か盛り上がっているようだった。
はたけカカシは、あの翌日から正式に復帰した。火影に報告に行き、注意は受けたものの結局里外の任務は無くなり、今までどおりの生活に戻ることになった。注意を受けたといっても、ただあの日の夜にカカシが会っていた女は記憶操作系を得意としていた忍で、わざわざ時間の都合をつけてもらっていたのを逃げ出したことに対してだけカカシは言われたようだった。
「ああ。お前これはさっさと目を通しておけよ。これは今日のはたけ上忍の、」
扉が開き、見知った人物が入ってくる。それがカカシだということは二人ともすぐに分かった。
おい、と同僚が軽くイルカを肘でつつく。
イルカは真顔でカカシを見る。カカシはいつもイルカのところにしか並ばない。
「今日は何?」
「はい。今ちょうど確認をしておりましたが…」
同僚がさっとイルカの前にカカシ宛の書類を差し出す。
「ああ。それね」
「すでに一組向かっていますが、あまり状況がよくないようなので」
「へぇ。ああ。多分こっちのルート通らなかったんだね。見栄なんて何の役にも立たないのに」
淡々とした声でカカシは独り言のように呟く。それから暫くじっと書類を読んだ後、ひらりとその紙を受付の机に置く。
「陰口はさ、偶然聞かれることもない場所で話しなよ」
カカシは瞬時に、受付所のソファに座っていた男達の隣に移動し、その首筋に手を当てて囁く。男達は九尾の話題をカカシが入ってくるまで続けていた。
「それとも何?聞かせたい人でもいたの?」
「カカシ上忍」
イルカは受付の席から声をかける。それに同僚は僅かに驚いた顔をする。
今までイルカは、人前で自らカカシに話しかけたことなど無かったのだ。
「何?あんたが止めても聞かないけど」
「はい。分かってます。なので、せめて受付所の外で行ってください。俺は見たくないので」
言い切ったイルカに同僚は慌てた顔をする。幾らなんでも言い過ぎだと思ったのだ。
だがカカシはなんでもないように頷いて、その男を無理やりつれていった。
「お、お前……本当にカカシ上忍に気に入られてるよな。あんな我が侭…」
我が侭、といわれたことにイルカは小さく低い声で笑いそうになるが、それを押し込めて明るいいつもの笑みを見せる。
「はは。まぁせっかくあの人が俺には甘くしてくれるみたいだしな。…元気になったみたいで、よかったよ」
「あ、ああそうだな。確かにそれは。里にはやっぱり居ないと困る人だしな。怖いけど」
何かが変わったようで、何も変わっていないような会話。
(そうだ)
よく考えれば、所詮毎日はこんなものなのだ。逃げようが逃げまいが、認めようが認めなかろうが、通じ合おうが通じ合わなかろうが。
いつも何かが少しだけ違う日々。だけれども日常という一言で括れる日々。怯えるものは結局なくならず、臆病な心はいつも何かを意識しているのだろう。
(だったら一つくらい)
怖くなくなったとしても、認めてしまったとしても、傷つく理由を作ってしまったとしても大して影響は無いのかもしれない。
イルカはぼんやりとそんなことを考えながら、同僚に渡された書類の束をゆっくりとめくる。
今夜は、もしかしたらまたカカシに会うかもしれない。会わないかもしれない。
だがもし会えたなら、そんな風に思ったことを、珍しく少しだけ話をしてみたいとイルカは思った。カカシが聞いてくれるのか、聞いてくれないのかも分からないし、傷つく小さな理由をまた一つ増やすだけかもしれないが、それでも。
「あ?何か言ったか?」
「何でもねぇよ」
イルカは笑う。
窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。月の光とはまた違った力強い光を、イルカは暫くじっと見つめていた。
完