情熱の掟 


「し、死ぬ……」
 イルカはうつぶせにひっくり返し、唸り声をあげた。腰が完全にいかれてしまった気がする。ついでに喉もがらがらだ。
 自分をこんなにした男はさっきまで甲斐甲斐しく、腰をさすったり、体を拭いてくれたり、飲むものを持ってきてくれたりしていたが、それにすら腹が立ったので今は無理やり追い出して風呂場に行かせている。
「気遣いするなら、やってる最中に、しろ…」
「だって、やってる時は夢中ですから」
「嘘つけっ! つーか、もうあがったのかよ! ぐ、いて、−…!」
 叫んだ瞬間衝撃が腰に来る。
 それすらも腹立たしくて、数分で風呂場からあがってきた男を睨み付けた。
 男が帰ってきた日。
 今まで色々悪戯されることはあったが、まさか本当にセックスすることになるとは思っていなかった。お帰りなさいと出迎えて、気づいたらあっという間に組み敷かれ、あれよあれよと、気づけばめでたく初体験をしてしまったのだ。
 男と。
(こ、こんな日がくるとは思ってもなかった…)
 今までの、カカシが仕掛けてきた性的な悪戯でも十分凶悪だったのに、今日与えられたものは色んな意味でそれ以上で、思い出すだけでも死にそうだとイルカは思う。
 思い出したら、恥ずかしくて死ぬのは確実だ。
(くさの……、お前らは清く生きろよ……)
 ホモ繋がりで生徒を思い出し、半泣きになりながらうなっていると、カカシはぬれた髪を拭きながらベットに腰掛けた。
「一緒に風呂はいりたいね」
「あの狭い風呂じゃ無理ですよ」
「入れるならいいの? じゃあ入れますよ」
「遠回りに言い過ぎました。入りたくないです」
 失言に気づきさっさと取り下げると、カカシは珍しく笑っただけでそれについては何も言わなかった。
「もう顔見ても平気?」
「嬉しそうに聞かないでください…」
 呟きながら、イルカは否応なしにセックスの合間でした会話を思い出させられる。
 あれよあれよと初体験がすんだ後、イルカはカカシに色んな話をした。居なかった間の話もしし、ずっと行く前にイルカがうじうじと悩んでいたことも、カカシに誤解をさせたり、傷つけてしまったのだったらと正直に話した。意地をはる必要も、強がる必要も無いのだから、男の優しい手に髪を撫でられながら、程よく疲労した体で穏やかに話をした。
 カカシはその話を聞きながら、最後にふと聞いてきたのだ。
「じゃあ俺からの質問だけれど、なんで俺って猥褻物扱い?」
「う。そ、それは」
 やはり根に持っていたかとイルカは言葉に詰まる。前に問われたときはうやむやにして逃げてしまっていたことを思い出した。
 だがじっと見つめられれば、イルカには逃げる術は無い。
「あんたが…格好良すぎるのがいけないんですよ」
「は?」
「格好よくて、卑猥で、見てると恥ずかしくてたまらないんですよ。心臓に悪いんですっ」
 叫ぶように言うと、珍しくカカシは目を見開いて動きを止めていた。
 一度言ってしまえば、口は滑りやすくなり、もうこの際だとイルカはそのあたりの話も全部ぶちまけることにした。
「格好いいし、触ってくる手も気持ちいし、こなれてるし…だから、ついでになんであんたが俺を好きなのかとか考えちゃったんですよ! 全部全部あんたのせいですっ」
「……なんだ。顔を見たくないわけじゃあないんですねぇ」
「違いますよ! あんた馬鹿ですかっ」
「だって照れてるのは話を聞いて分かってたけど、猥褻物って言われたらねぇ」
 俺のことは好きだけれど、顔が嫌いなのかと思った、と呟くカカシにイルカは眩暈がする。
「あんた、鏡見たことねぇのか!」
 どう考えてもイルカの方が悪いが、イルカがそう叫ぶとカカシはすっと手を伸ばしてくる。その手はイルカの頬から首あたりを、撫でる。その動きは明らかに愛撫に近いものを含んでいた。
 見詰め合うことが恥ずかしくて、逃げるように視線をそらしたイルカに、カカシはちゃっかりイルカの腰を逃げれないように抱いた状態でゆっくりと笑う。
「じゃあ、恥ずかしく無くなる方法を教えますよ」
「え!? 本当ですかっ」
「まぁね」
 カカシは笑い、顔を近づけてくる。
「もっと恥ずかしいことしちゃえば、そんなどうでもいいこと、気にならなくなりますよ」
「へ?」
 そして、試合は延長戦に突入したのだ。
 深い快感は強烈で、確かに、今は顔を見る程度じゃ恥ずかしくは無い。だが今度は連想が始まってしまう。
 あの薄くて形のいい唇が、どんな風に触れてくるのか。
 あの目が細められて、珍しく汗が滲んで―――。
「の、わぁぁぁぁぁぁっっっ!」
 イルカは思い出してしまった記憶にのた打ち回る。だが、動いた瞬間に壊れそうな痛みを腰に感じて、唸り声をあげた。
「はいはい。落ち着いて落ち着いて」
 風呂上りだからか、いつもより少し暖かい手がイルカの腰をさする。
「こ、これが落ち着いてられますかっ!」
「じゃあもう1回やる?」
「なんでそうなるんです!」
 イルカは半狂乱になりながら、起き上がってカカシの胸倉を掴む。カカシは近づいてきたイルカの唇に口付けを落とす。
「好きだからでしょ」
「そ、れは関係、ないっ」
「ありますよ。好きだから触りたいし、気持ちよくなるし、あったかいし。二人で居るのも、よく分かっていいじゃない」
「…物には、程度だと思うんですが」
「でも、まだ大丈夫だと思いますよ」
「ちょっ! どこさわ、あっ、のわっ、ひ――っっ!」
 運がいいのか悪いのか。イルカはたまたま三連休だ。三連休前日の夜にカカシが帰ってきて、ベットに行くことになって、合間合間で休んだり、話をしたりしたものの、気づけば今はもう次の日の真夜中。むしろあと一時間くらいで日もあける。このまま連休二日めに突入してしまう。
(このままじゃ、出勤日は隈と疲労だっつーの!)
 泣きたい。
 あんな新婚の悩みが、本当に自分に振ってくるとは思わなかった。
「好きですよ」
 だが男の声に、指に逆らう術は無い。それが非常に悔しい。どうせなら、自分だって同じくらい男を振り回してやりたい。
「惚れた弱みなんて知らん! つーか、まずは飯でも準備しろっ」
 体が本格的に熱くされる前にイルカは叫ぶ。するとカカシは笑う。
「それなら、俺のほうがどう考えても弱いでしょう」
 だからご飯を先に準備してきますよ、と男はベットから素直に降りた。この三日間はもうこんな日々でもしょうがないのかもしれない。
(けど、そうだ)
 最後の夜にはカカシと一緒に慰霊碑に行こうと思う。
 もう泣かないで、穏やかな気持ちで両親と会話が出来るはずだ。涙はあそこだけでもうこぼさないでもいいのだから。
 イルカはひとまず眠気に任せてそっと目を瞑る。カカシのご飯が出来るまで、体を少しでも休めておこう。それが間違いなく自分のためだ。
 起きたときに、あの人が居るのは幸せなことだ。
 不安になったら、いつでも確かめればいいし、それだけの距離に居られるのなら問題ない。そして間違いなく、そんな状況は―――。
「…幸せ……」
 炊事場で立てられる小さな音を聞きながら、イルカはうっすらと微笑む。そして起こされる優しい手を期待しながら、ゆっくりとイルカの意識は沈んでいった。




  END












い、如何でしたでしょうか?
満漢全席ほど勢いがなかったかな…と思うものの、
少しでも楽しんでもらえたなら幸いです!

まぁ二人はこのままきっと幸せにくらしてるはず、ということで(笑)