熱い季節でもないのに、額当ての下に汗が滲んだ。
顔も熱くなっているのを感じるし、頭の中では「落ち着け落ち着け落ち着け」という単語が、正反対の勢いで飛び交っている。せめてもの救いは、多分熱くなっても顔が赤くならない己の体質のみ。
「はい、大丈夫です」
かろうじて震えない声をだし、受け取った書類に印をつける。
「ご苦労さまでした」
告げると、目の前の人物はにこりとした顔を見せて、そして背を向けた。その姿が消えてから、イルカは糸が切れたように机の上に倒れこんだ。
隣の同僚は、ただ名前の知られてる上忍相手で緊張したのだろうと思っているのか、苦笑いを浮かべながら「お疲れ」なんて言っている。
違う。そんなんじゃない。あの人はそんなに怖い人でも冷酷な人でもない。だけれどそんな事を言えば、何故自分がこうなるのか理由を言わないといけなくなるので、敢えてイルカは口を閉じ、そして代わりに重いため息をつく。
何故いえないのだろうか。たった一言なのに。それで全てが終わりになるというのに。
「飲みにいきませんか、か」
小さく呟いて、よけいイルカは落ち込みたい気分になったが、仕事中と頭を無理やり切り替えて、書類を持ってくる次の人物のため気合を入れなおすのだった
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