愛はいるか?  


 何でこんなことになってしまったのか。
「ちょっと。イカサマ無しって最初に言わなかったっけ」
 カカシはギロリと目の前に座るひげ面をにらみつける。
「は?何がイカサマだってんだ」
「…左から二番目だろ」
「ズルはひでぇってばよ!!卑怯だってばよ!」
 せっかくの休日。外は文句なしの晴天で、気温もちょうどよい。絶好の散歩日和でもあるこの昼下がり。何故か狭いワンルームに大人二人、子ども二人が机を囲んでいた。
 その顔は、それぞれ痛い程真剣だ。
「でも、みなさん奇遇ですね」
 にこにこと笑いながら、カードゲームにいそしむ彼らに飲み物を出すこの家の主イルカの声を聞き、カカシはそっとため息をつく。
 カカシがイルカという人間に興味を持ったのはつい最近だ。自覚したのがつい最近というべきか。
 ナルトナルトと言う彼に苛々し、珍しく面と向かってきついことを言ったのが少し前。そこでナルトに嫉妬していると自覚して、すぐにイルカとの関係を修復に図ろうと、ようやく迎えたこの休日に出向いたというわけなのだが。
「っていうかね、あんたらは次の任務の準備してなさいよ」
「あー!それ卑怯だってばよ!」
 思わず本音が漏れるが、子ども達はビクともしない。子ども達も子ども達で、イルカに用があるのだ。
 そりゃ確かに。この天気で、たまの休みで。そんな日には、イルカに会いたいと自分ではなくとも、熾烈な戦いをひとまず終えたからこそ思うのかもしれない。この家族もいない子どもらは特に。
 だが、だからといって譲ることもできない。
 カカシだってさっさと仲直りしなくてはいけないと思っているのだ。
「おい。ウノ忘れてる」
「……お前本当やなガキだな」
 めんどくせぇ、とアスマは唸るように呟く。
 確かにカカシだって、何が悲しくてこんな子どもの遊びを昼から真剣にやっているのか自分に問いたくもなる。
 しかしこれはしょうがないこと。四人それぞれがイルカの家の前であってしまったのだからしょうがない。誰も譲る気もなく、またここで喧嘩するわけにも行かなかったのだから。
 だから、ひとまずそのままイルカの家を借りてすぐにこのバトルが始まったのだ。
『ってか、そもそもなんでアスマまでいるのよ』
 真剣な顔で、アスマからカードを引くサスケを横目で見ながら、そっと特殊音声でアスマに問い掛ける。
 途端アスマは顔を曇らせる。
『お前な…。分かるか?毎日めんどくせぇ任務にかりだされて、あの女にゃこき使われて。子ども達にゃ我侭言われて。で、休みの日にもあの女の相手しねぇといけねぇのかと思うと…少しくらい楽な奴とのんびりして終わりにしてぇと思うだろ?ああ?』
 言われてしまえば、何もいえない。
 確かに紅の相手が楽だとはいえないからだ。そしてなんともありがたくないことに、アスマとイルカは案外趣味があっていたりもするのだ。
 だからといって。カカシとて、分かってしまうけれど、それでも譲る気はさらさら無いのだ。
「あーところおま…みなさんはご飯食べました?」
 イルカが台所から振り返り言葉をかける。その言葉に一同首をふる。
「じゃあ何か…」
「いえ!心配いりませんよ。これから3人は帰りますから」
「だってばよ!」
「…は?」
 イルカは怪訝な顔をする。一同を見回して、それから一番、口を割りそうな人物の側に歩み寄る。
「なんだ、誰が帰るんだ?」
「俺以外の人だってばよ!」
「ウスラトンカチが。ドベのくせに…」
「……う」
「そうそう。男に二言はないよねぇ。ナルト」
「勝負の世界はシビアなんだぜ」
 アスマもにやにや笑いながら追い討ちをかける。
「…あの、ちょっとまってください。一体、何の話を」
 気になるといえば、イルカとて自分の家にこの顔ぶれが集まったときから気になっていた。
 だが、相手は上忍もいる。言い出せることと言い出せないこともあるのだ。
 そんなイルカの葛藤など簡単に分かってたが、カカシはさらりと答える。
「秘密です。でも、俺が後で教えてあげますよ」
「本当ですか?」
「あー!約束はずっけぇってばよ!!!!」
「は?約束???」
「っていうか、もうあれだろ」
 唐突にアスマは言い放ち立ち上がる。
「先生、飯くいいこうぜ」
「え」
「アスマッ!」
「悪ぃがもう俺は勝手にやる」
 そういってイルカの腕をぐいっと引っ張る。その途端、出遅れた、と子ども達も騒ぎ出す。
「あー!駄目だってばよ!先生は俺とっ」
「お前ら…っ!俺だって、用が…!」
 わいわいと騒ぐ彼らをみながら、思わずカカシはため息をつく。
 やっぱり結局こうなるのかと。そしてこうなった後は簡単に想像がつく。イルカが怒鳴り、話を整理し、そして多分みなでご飯か何かを食べるのだ。
 で、アスマは途中で抜けたりして、それを気にしてまた後日埋め合わせのためイルカはアスマを誘ったり。
「………切ないねぇ」
 ボソっと思わず言葉が漏れる。
 全てに想像がついてしまう。それはずっと見ていたから。知っているから。
 だけれどそれをどう崩すのか、それは全く分からない。優先順位ももう決まっているこの人の中に、どう食い込めばいいのかなんて想像がつかない。
 イルカ先生は、俺と今日は過ごすんだっつーの。と文句を言って騒いでも軽くあしらわれて謝るタイミングなんて多分無いに違いない。
 それならいっそ今日のところは。
「あーじゃあイルカ先生、俺は帰りますよ」
「「「「え」」」」
 その声に、騒いでいた子ども達やアスマまで振り返る。その反応に反対にカカシの方が驚いてしまう。
 その途端、初めて入ったこの家のドアとか、部屋とかが、ものすごく新鮮で大事なものだったように思える。
 イルカはちょうど怒鳴り声をあげるところだったようで、気の抜けた顔をしている。片手は、ナルト、もう片方はアスマにつかまれ、その後ろにサスケが立っていた。
「いえいえ。楽しかったですよ」
『どういう風の吹き回しだ?』
 途端、アスマから特殊音声が飛ぶ。
『まぁたまにはね。出直すわけ。諦めたわけじゃないよ?』
 そうマスクの下で笑って、カカシは窓をあける。
「じゃ、イルカ先生」
 にこりと笑うと、そのまま言葉を聞かずにカカシは姿を消した。



「腹減った…」
 家に戻り、忍具の手入れをしていたが突然空腹を覚えカカシはその手を止めた。ふと時計を見れば時間は8時を指している。
 食べにいくか、買ってくるか迷ったが、どっちにしろ外へまずでるかとカカシは立ち上がる。カカシの家は、本来の住居として手配された家は繁華街の中にある。だが、今カカシがいるのは主に忍犬を養うための古い小屋のような家だ。
 外にでると明かりは無いが、カカシには問題は無い。そのまま歩きなれた道を走ると、あっという間に街の明るい光が見えてくる。
「なーんでこうなっちゃうのかなぁ」
 もっと早く気づいていれば、ああしてあの人を怒らすことも無かったのに。
 カカシは何度も考えたそれをまた思い出してため息をつく。自分の生はそんなに長いとはカカシは思っていない。だからこそ後悔をしたくないし、一度悔いた思いは恐ろしい程自分を蝕む。
 でもだからこそ同時に。
「あ」
 繁華街に入り、少し進んだところで、カカシはイルカと子ども達の姿を見つけた。やっぱりあの後、アスマとは後日の約束になり子ども二人の世話をしたのだろう。ナルトは嬉しそうに笑い、そしてサスケはいつもどおりの淡々とした表情をしつつも、イルカが肩を叩いたりするとどこか嬉しそうな表情も見せている。
 途端、カカシは足を止める。
 バレない程の距離をおいて、じっとその光景を見る。ああ、俺はあの人が好きなんだと、今この胸にうずく寂しさがそんなことを再度カカシに教える。
「…分かっちゃうんだよねぇ」
 あの子ども達も、忍だからこそ自分の持つこの苦しみに似たものを持つだろうし、もう持っているのかもしれない。
 それが癒されるというのなら、譲ってもいいとも思えてしまう。
 だけれど、今こんなにも自分も寂しさを感じ。足を動かすことも、声をかけることもためらわれる程、今自分は。
「手に入らないのに、欲しい」
「何がですか」
「そりゃ…」
 言いかけた言葉を区切り、隣を向くとそこにはイルカが立っていた。
「はい」
「………なんでいるの」
「気づいてなかったんですか?」
 心底イルカが驚いたように言うので、カカシは反対に気まずそうに頭をかく。
「考え事してたもんで」
 その言い方が何か面白かったのか、イルカは少し笑った。
「え、あっと。ところであいつらは?」
 気配をさぐるが、イルカ以外の気配は今ここにない。
 今たぶんちょうど飯注文してます、とイルカは告げてから改めて口を開く。
「俺、多分鈍いんです。それになんていうかこう、忍として恥ずかしいのですが一個に集中するとそれにだけ熱くなってしまって」
 だから突然イルカがそんなことを言い出したときにも反応が遅れた。
「だから、最初は何だ、って思ったんです。でも今はよかったと…お礼というかお詫びを言いたいなとずっと思ってまして」
 少し顔をさげて喋るイルカの言葉は、何をさしているのかすぐにカカシは理解できない。
「あの時、はっきり言ってくださりありがとうございました」
 頭を下げ、それから笑うその顔は、すがすがしい笑みで。
 あの時見せた表情のかけらもなく、力強く暖かい笑みだった。
「え」
 だからカカシは確認したくて、再度問うような言葉を漏らした。
「カカシ先生は、あのときのことなんて気にされてもないとは思うんですが……」
 細かくてすみません、とイルカは乱暴にがしがしと頭を掻いて、今度は照れを隠すように少し下を向いた。
 そしてそのまま去ろうとするイルカを咄嗟にカカシは捕まえる。
「あの…!」
 俺も謝りたかったんです。
 あなたとの関係を修復、いやむしろもっといいものにしたいんです。
 アナタは何で悪くないのに、そんなことを思うんですか。
 あなたも、やっぱり寂しくなることがあるんですか。
 その時俺がいれば、少しは寂しくなくなったりしませんか。
「好きです」
「…へ」
 色々考えていたカカシの口からでたのは、何故かそんな一言で。イルカは目だけではなく、口も大きく開いたまま固まっている。
「ん?あれ。や、今いうつもりは無かったんですけど…えっとまぁいいや。ええ、俺はイルカ先生が好きなんです」
 あんなどうでもいい争奪戦に混じってしまうほど。
 綺麗に、らしくなく規則やルールを守ってしまうほど。
「イルカ先生が、あのときのことを気にしていないといってくれるなら、俺もう遠慮
しません」
「は、はぁ……」
 イルカはまだどこか鈍い反応を見せていて。カカシはそれでも構わずにこりと笑ってその手を掴んだ。
「あの…それって…」
「恋愛感情の好きです。セックス含む好きです。多分アスマともナルトとも違う好きです」
「な、え…はぁ!?俺、男ですよ?中忍ですよ!?」
 イルカは顔を赤くするでも青くするでもなく、ただ素っ頓狂な悲鳴のような声をあげる。
 しかし動揺はしているようで、一部訳の分からない言葉も付属している。
「イルカ先生がいいといってくれれば全部いいんです」
 イルカは言葉をなくしたように、立ち尽くす。
 そこへイルカの帰りが遅いと思ったのか、ナルトが迎えにやってくる。
「あれ。カカシ先生だってばよ!」
「なんだナルト。もう迎えにきちゃったのか」
「なんで先生いるんだってばよ!イルカ先生、なんでなんでっ」
 ナルトの手がゆさゆさとイルカを揺するがイルカはまだじっとカカシを見ていた。
 それからようやくナルトに気づいたようで、その途端、イルカの顔が一気に赤くなる。身近な、生活に近い存在をみて、一気に恥ずかしさが襲ってきたらしい。
「ナ、ナ、ナルトじゃないか!なんだ、どうしたっ」
「…?や、先生飯もうでてきたってばよ」
「お、おう。そ、そうかっ!じゃあ戻るか、なっ」
「んーいいねぇ。俺もお邪魔してもいいですか。イルカ先生」
 昼間を一緒にすごせて満足だったのか、ナルトは「追加頼んでくるってばよ!」と走り出してしまう。大勢ですごすことの少なかった少年は、人数の多い食卓が多分好きなのだろう。
 イルカの隣に立ったカカシはチラリと隣でまだ顔を赤くしている人物を見る。
 それが、そんな反応をしてもらえたことが嬉しくてカカシはひとまず優しく笑いかける。
「じゃ、先生俺らも行きますか」
「……笑わないで下さい…」
「笑ってないですよー」
 もしかしたら、今後。自分の予想がつかないような、崩した方が分からなかった今の関係が。少しづつ変わってくるのかもしれない予感に、カカシは心を躍らせながらこれから自分達が入るだろう場所を見つめた。
 あの優しい光景に、踏み入れられるかもしれないと思うと、恐ろしい程嬉しかった。