早い話  



 里を示す門を見た瞬間、足が少しだけ軽くなった気がした。
 ろくに睡眠を取らず走ってきたせいで体は悲鳴をあげている。だけれど足を止めることはできない。今止めてしまえば、多分もう走ることなんて出来ないと分かっていた。
 里の土を踏むのを合図にカカシは忍犬を報告に行かせ、自分はそのまま自宅へと向かう。懐かしい景色が微かに違うように見えるのは、今までいた場所との地域の差が思わせるのかと考える。だが、それでも変わらない我が家のたたずまいを、住んだときから古く、広いだけが取り得の姿が見えるとほっとした。
 扉を開け、ようやく足を止める。だが完全に止めることはせず、そのまま風呂場へと向かった。体中、血の匂いを消すためにつけた土と草と匂いでひどいことになっていた。
 お湯を張っている間に破るようにして服をぬぐ。それから熱いお湯につかる。
(気持ちい…)
 思わず気が緩む。
 その隙を突かれるように、だんだんと意識が遠のいていく気がした。




「あんたは…本当馬鹿ですか」
「…おはようございます」
 目がさめた途端、聞き覚えのある文句にカカシはひとまず挨拶で答えた。
「今はもう昼間って知ってますか?」
 嫌味をたっぷり込められたセリフはきか無かったふりをして、カカシは上半身を起こす。
「あーなるほど。どうりでよく寝たと思ったはずです」
「そりゃそうですよ。1日半あんたは寝てたんですよ。これで寝たり無いとか言ったら殺してやります」
「…今日はまたえらく物騒ですね」
「あなたといると嫌でもこうなるんです」
 ギロリ、とにらまれカカシは今日のイルカの機嫌は最低レベルだと理解する。 「まぁ、一応ずっと走って帰ってきましたし。前回に反省したんですよ、これでも」
「言い訳になってません」
「言い訳じゃなくてアピールです」
 色々頑張ったんですよ、と言うと余計イルカの眉間の皺が深くなった。
 そう。
 前回。バレンタイン。
 カカシはかなり遅れてそれを受け取りイルカに怒られた。だから今回はちゃんと先手を打ったのだ。
「あんたが寝てたので今日がもうホワイト・デーですよ。ちなみにこれはまだ食べてません」
 ドン、と布団の上に置かれた箱は自分が任務に行く前に置いていったものだ。任務でまたホワイト・デーの日にいないと分かっていたから、最初に置いていった。
「やー、任務も早く終わったし間に合うかなぁと思って。三日三晩頑張ったかいがありました」
「……あんたは」
 イルカは唸るような声を出す。
「任務じゃなくて私的なことで倒れるようなことをするんですか」
「会いたかったんで」
 殴るために振り下ろされた手を避け、反対に手を伸ばせば睨み付けてきたものの、少し待てばイルカは眉を寄せたまま近寄ってきた。その機会を逃さずがしりと捕まえて抱き寄せる。久しぶりの恋人の体はしっくりと腕になじみ、本当に里に帰ってきたんだとカカシに感じさせてくれる。
「それにイルカ先生のことだから、こうして食べないでいるかなぁと思って急いだんですよ」
「は?」
「だって俺みたいにぶっ倒れたら大変じゃないですか」
「……そんなにやわな体はしてません。それに俺は、誰がくれたのかわからないようなものは食べたくなかったんです!」
 自分が帰ってくるのを待っていてくれたんでしょう、と言葉に込めれば少し顔を赤くしてイルカは強く否定をしてきた。だがそんな掛け合いも嬉しくて抱きしめる腕に力を入れると、調子にのるなと怒られる。それでも無理やり離れることはせず、やがて諦めたようにイルカが軽く体を預けてきた。
「…あんたが」
「はい」
「帰ってくるならいいんです」
「帰ってきますよ」
「けど、倒れるのは本当やめてください」
「…極力気をつけます」
「特に!風呂場で寝るのは金輪際やめてください。しかも倒れてるなんて最低ですよっ!!!」
「……すみません」
 怒るイルカに笑いをかみ殺し、無様な自分の姿を想像して最低だよなと思ってみる。だけれどイルカがいけないのだ。イルカが前回、間に合わなかったことを悲しそうに、それでいて逆手にとってあんな可愛い嫌味をするからいけないのだ。
「好きですよ」
「…俺は心臓に悪い人は嫌いです」
「じゃあ今は平気ですね」
 にっこりと笑って口付ければ、腕の中の愛しい人は恥ずかしいことを言わないでください、と呟きつつも抱きつく腕に力を込めてくれた。