遅い話  


(里だ)
 頭がそれを認識した瞬間、足の動きが鈍くなった。
 報告を終えていても、完全に安全だと分かる場所まで任務は続いてい、油断なんてする暇もない。だけれど酷使しすぎた体は限界を訴えていた。
「…っ」
 動くのも辛いのに、里を認知してしまった体は、休みたいと、もうここまでくれば大丈夫だという甘い囁きとの戦いになる。
 それを振り払うようにカカシは数度首を振る。
「…まだまだだねぇ」
 呆れてしまう。たったあれくらいの任務で。
 体力の低下は、最近の任務の質のせいかやはり確実に起こっている。
「よう、やくか」
 見慣れた家の扉をくぐり、懐かしい香りのする部屋に入った瞬間意識が遠のくのを感じる。なんとかそれを堪え、見慣れた居間へと入り、机の前に座る。
 確かに、ここはもう安全な場所で、倒れたとしても問題は無い。
 だから。
 暫くして、カカシはドサリと床に倒れこむ。そして体の促すまま、ゆっくりと意識を手放していった。




「あんた馬鹿ですか」
 心底呆れた顔で、イルカは言い放つ。
「いきなりそれですか」
「そうですよ。馬鹿に馬鹿といって何が悪いんですか」
 イルカはどさり、と病室に置かれていた椅子に腰掛けた。
「必死に帰ってきたんですよ、これでも」
「そんなことは問題じゃありません」
 きっぱりと目の前でつれない恋人は言い放つ。カカシは言い返す言葉が見つからなくて、ただイルカの顔をじっと見つめる。もっとも、別に言われている内容自体カカシはどうでもよかった。
 それに気づいたのかイルカは嫌そうに顔をしかめて、アスマ達が嫌味で置いていった果物の入った籠から林檎を1つとりかぶりつく。
「皮剥きましょうか」
「結構です」
 ベットの中にいる自分がいうのも変な話だが、申出はあっさりと断られる。イルカはしゃりしゃりと林檎を食べる。
「俺は怒ってるんです。ついでに呆れてもいます。つーか、腹たってます」
「まぁそうでしょうね」
「ちょっとは反省しろってんだ!」
 ガスっ、とあっという間に食べられてしまった林檎の芯だけが投げつけられる。よけないでそのままぶつかってみたが、やはり芯くらいじゃそんなに痛くなかった。
 ため息を1つ吐いてから、降参、というように両手をあげる。
「気をつけます」
「普通は!気をつけないでもあんな馬鹿なことはしないんです」
「だから今後気をつけますってことで」
 ちょいちょい、と言いながらイルカを招くように手を動かせば、むすっとした顔のままイルカは近付いてくる。それが可愛くて嬉しくて思わず口元を緩めれば、更にイルカの顔は顰められたが離れることはなかった。
「……俺はちゃんと書いておいたんです」
「読みましたよーもちろん」
「ちゃんと、日付も分かるように蛍光マーカーで印をつけたんです」
「まぁそれ見ないでも分かりましたけど」
 イルカがじっと自分を見つける。
 だがやがて根負けしたように息を吐いて、ようやく手の届く範囲まできてくれた。黒い髪に手を伸ばせばそのまま大人しくしてくれる。
「ナルトが言ってましたよ」
「なんて?」
「カカシ先生、すげぇ任務をこなしてぶっ倒れたって」
「まぁ任務は事実ですし」
「まだ言うかっ」
「まぁまぁ」
 あの日。
 机の上に手紙と箱が一目で分かるように置かれていた。
 小さな包装紙には賞味期限を示すシールが、通常よりも分かりやすい場所に貼られていた。
『賞味期限 2月14日』
 カカシが任務から、なんとか帰ってきたその日は28日。2週間過ぎている。そして明らかに、それは食品としては駄目になっているとカカシの感覚は訴えてきた。
 だけれどその隣りに手紙がある。
『間に合わないのは、俺のせいじゃありません』
 名前も何もない。だけれどこの家に入れて、そしてこんな可愛いことをしてくれる人を1人しかカカシは知らない。わざと、カカシが2月には言ってすぐに任務に出たことを知っていて、14日までの賞味期限のものを寄越すような可愛い人は1人しか知らない。
 だから笑って食べた。
 弱っていた体にそれは効果てき面で、やっぱり、と思いつつもあっという間に意識が遠のいて、再び気が付いたのはついさっきだった。
 目覚たときにいたのはアスマにガイに紅で。物凄い笑いようにうんざりしつつも、あれからもう3日も経っていたことを教えてもらった。
 まだぶつぶつというイルカの頭をひきよせてその頬に口付ければ、一瞬体が強張ったが、それは本当に一瞬だった。
「ま、もっと丈夫な男になりますよ」
「本当です」
 心配するのは本当もうこりごりなんです、とイルカは怒りをにじませて呟いてから、口付けをくれた。嬉しくて頭を抑えて口付けをすれば問答無用で殴られたが、それは口付けの後の話だった。