指輪物語 


 両親の唯一残した形見は、銀色の指輪だった。
 普段は忍という職業柄かどこかにしまわれていたが、休みの日とかたまに、それをつけている姿を見るのが妙に新鮮だったことを覚えている。
 銀色は、特別な色。
 だからその日、錆て銅のような色になり、板と同化してそうなそれを一瞬にして見つけられたのはイルカだったからなのかもしれない。
 台所の床下。
 隙間に埋まるようにして、指輪が1つ存在していた。
(懐かしいなぁ)
 これは、間違いなく両親の指輪の1つだ。
 1つはすぐに箪笥からみつかり、両親の写真の前に飾ってある。もう1個は見つからないままで、戦場に持っていかれたのだと思っていた。
 夕方という時間だったが、そのまま磨いてみれば、あっという間に綺麗な銀色が復活する。
 見つけたのは父親の指輪のようで、昔は父親のも母親のも自分の指にはぶかぶかだったが、今はもうぴったりのように見える。
(入るかな?)
 だから。
 懐かしさから、イルカはその指輪をはめてみた。
(お。なんとか…入るかな。けど、妙に、恥ずかしいな)
 無骨な自分の手に輝く指輪。似合わなさ過ぎて、苦笑いが漏れる。
だが。
「……あれ」
 もう外そうと引っ張ってみる、が。
「っ」
 抜けない。
 引っ張ってみるが肉が一緒に動くだけで、回そうとしてもぴったりすぎて動きもしない。
「……嘘だろ」
 呟いてみたものの、悲しい一人暮らし。
 応えてくれる人は誰もいなかった。



「イルカ先生、おっはよー」
「おう、おはよう」
 朝、元気のいい生徒たちを挨拶を交わしながら職員室へと向かう。
 そのイルカの指には、やっぱりまだ指輪がはまったままだった。
 指輪がはまっているからといって、特に困ることは今は無い。まして抜けないなら、落とす心配もないということだ。
(女の人に聞けば…何かいい方法教えてくれないかなぁ)
 間接を外してもこればかりは意味が無い。
「あ!イルカ。ちょっとサトが遅れてるみたいでわりぃけど受付いってもらっていい!?」
 扉を開けた瞬間、同僚からの慌しい声が聞こえそのまま元来た道を戻る。
 挨拶もなしの慌しさに、思わず苦笑いが浮かぶ。同時に幾つも考えることができない男なのだから問い返すことはあえてしない。だから、しょうがないと、イルカはのんびりと受付へと向かう。
 もともと午前は授業はなく、事務作業のため職員室へ出勤していただけだ。
 だから、そのまま受付で任務をこなすが、どうもいつもと勝手が違う。
(…なんだ?)
 これといって明確には分からないが、どこかに違和感を感じる。
 それがようやく分かったのは午前も終わりに近付いたころだ。
「あーイルカ先生だってばよ!」
「お、今日はもう終わりか?」
「もうじゃないってばよ。朝4時から任務だったてばよぉ」
 もう俺へとへと、と大げさなナルトに思わず笑ってしまう。
 そこでふと、サクラが目を丸くして口をぽかんと開けていることに気付く。
「なんだ、どうした?」
「イ、ル…」
「イル?」
「イルカ先生っ」
「俺が?」
「け、結婚したの―――っ!!!???」
 それは絶叫というのに相応しい声だった。
 イルカが何かをいう前に側にいたほかの忍達があわせるように一斉に騒ぎ出す。
「や、やっぱりそうなのか!?朝からすっげぇ気になってたんだ、俺!」
「私も…っ。聞いていいのかどうなのかって。やだ、ちょっとイルカ先生、同僚なんだから報告くらい」
「ええ!?イルカ先生が結婚!?」
「……まぁおかしくな年だしな」
「俺聞いてないってば!」
「お前、関係ないだろ」
 余りの騒ぎように、イルカは呆然とするばかりだ。
「………あ、あの」
 そして誰もイルカの声など聞いてはくれない。
(一体何の騒ぎだ、これは…)
 もはやみなが仕事を放棄して騒ぎたてている。
 怒るべきなのか。
 いつものように怒鳴るべきなのか。
 だが、気のせいでなければ見慣れた上忍の姿も混ざっている。
(勘弁してくれ……)
 イルカはがっくりと力が抜ける気分だ。
「で、イルカ先生。真実はどうなのよ」
 ぱん、と話をまとめてくれたのはありがたくないことに、紅だ。
 だが弁明だけはしておこうと、イルカは口を開き。
「あのですねぇ、この指輪は……」
 言おうとしたところで、タイミング悪く扉が全開になる。
「あー!何よ、イルカそれっ」
(何故こんなタイミングで現われる…みたらしアンコ)
 うるさい幼馴染の登場にゴン、と勢いよく机に頭を打ち付けてしまう。
 そして再び騒ぎになったとき、ふと視界に銀色が映った。
 顔をあげるが、既に視界から銀色は外れている。
 気のせいか、とも思ったがこの騒ぎの中にいるよりはとイルカはそっと受付所を抜け出した。
 外にでても受付所の声は聞こえていて、そんなに自分は結婚と縁遠くみられていたのかと妙に切ない気分になる。
(アカデミーに戻るか)
 指輪の抜き方を誰かに教わるどころじゃないと、イルカはため息をつく。
 だがそこで。
 やっぱりイルカの視界に銀色が映る。
 姿は見えないけれど、やっぱりどこかに銀色がいる。
(そうだ)
 もともと、自分が銀色を見間違うはずはないのだ。見た気がするのなら、確実にどこかに、一瞬でも銀色が視界に映っている。
「…カカシ先生」
 呼ぶと、すぐに男は姿をあらわした。
 銀色の髪をした、上忍。
 イルカは最初に出会ったとき、あまりの銀色に少し呆けてしまい、あげく『綺麗な髪色ですね』と呟いてしまい、『イルカ先生、ナンパだってばよ』と側にいた子ども達に言われてひどく恥ずかしい目にあった記憶はまだ新しい。
 だが、その姿を見た瞬間、イルカはあっと思う。
(そうだ。カカシ先生なら…指輪のいいはずし方を知ってるかもしれない)
 カカシの噂は仕事のものから私生活のものまで色々聞いていた。その中で女がらみのものも酷く多い。だから、カカシになら何かアドバイスをもらえるかもしれないし、カカシは口が堅そうだ。
 だから、イルカは笑みを浮かべて指輪のついた手を見せた。
「カカシ先生、あの…っ」
「イルカ先生」
 だが、カカシの顔は今まで見たこと無い程真剣だった。
「誰ですか」
「へ?」
「相手です」
「相手…?」
 カカシはどこか苛立ったように、銀色の髪をがしがしと掻く。
(あーそんな乱暴に…)
 勿体無いと眉を寄せれば、すぐにカカシの顔があがる。
「それは、イルカ先生のですよね?」
(まぁ両親はもういないし…形見だから、俺のかな?)
 だから、イルカは頷いた。
 途端、カカシの顔は強張り、そしてそれから頭を抱えるようにしてその場にしゃがみこんだ。
「え、ちょ。先生?」
 具合が悪いんだろうか、と手を伸ばせばその手を逆に捕まれる。
 そしてジロっと指輪を睨んだかと思うと、がぶりと指をかまれた。
「なっ」
 その動作に心底おどく。
 まさか、こんな子どものようなことをされると思わなかった。
 だがカカシは構わず噛み付き、指輪のついた指を口に含んだまま舐める。丁寧に。指の先から、付け根まで。
 その生暖かい感触に、ようやく我に返り、イルカは手を慌てて引き抜き。
「あ」
 指輪が、取れた。
 二人の視界の中、コロンと指輪が転がる。
「あ、あ…」
 イルカは指輪を見ながら呟く。
「あ――!」
 叫び声を、とうとうあげた。
 カカシが何か言おうと口を開いたが、その前にイルカはがしっとカカシの両手を掴んだ。
「ありがとうございますっ」
「……は?」
「助かりました!さすがカカシ先生ですね。昨日から取れなくて困ってたんですっ」
 笑顔でぶんぶんと手を振ると、益々カカシは困惑した顔になる。
「…指輪、とれなく…?」
「ええ」
「でも、あなたのなんですよね?」
「…はぁ。まぁ、一応は……」
「困ってるんですか?」
「え」
「つけられて、困ってたんですか」
 つけたのは自分だが、確かに困っていた。
 だからイルカは頷く。
 途端、イルカの前でカカシは口元を緩めるように笑った。
(うわっ)
 もともと格好いい人とは思っていた。だけれど、こう微笑まれると妙に心臓に悪い。
(これじゃあ、女の人と噂も沢山たつわけだよなぁ)
 羨ましいと、自分の過去を思い出して思ってしまう。
「恋愛は自由ですよね」
「は?ええ」
「男同士でもありだと思いますか?」
「まぁ…友人でもいますし」
「じゃあ頑張ります」
 男は笑って、そして姿を消した。
 気が付けば、落ちていた指輪はなくなっている。間違いなく、カカシがどさくさにまぎれて持っていったのだろう。
 普段なら間違いなく、銀色が消えたならすぐに分かるのにもっと大きな銀色に気を取られ気付かなかった。
(しまった)
 返してもらわなくては、と思うもののイルカはすぐに動けなかった。
(……あれ?)
 気付いたら、カクンと膝が折れてその場に座り込んでいた。
(ほっと、したのかな?)
 そんなことを思いながら、喧騒から離れた静かな場所でイルカは1人青い空をみあげる。
 誰もいないその場所では、イルカの顔が赤くなっていることを指摘する人間は誰も居なかった。














こんな話でごめんなさい…