■ まさかの話 前編 1 ■ |
「これは、魔法の釣竿」
イルカはその声を聞きながら、ああ自分はもう死ぬんだろうなとぼんやりと思った。
既に中心が移動した戦場の一角で、イルカは倒れこんでいた。周囲には、もはや敵なのか味方なのか分からない体が転がっている。それ以外には生き物の気配ない。少し前までの喧騒が嘘のようだった。
(油断、したな…)
わき腹に受けた傷がいけなかった。
出血量は多い箇所だ。手当てをするために、前線を抜ければよかったし、それは許されていた。だが、敵に押されている仲間を見捨てられず、満足な手当てをしないまま戦いを続け――この結果だ。別の一撃をたまたま同じ場所にくらったことが、決定打になった。
(死ぬ)
予想していたよりも、それは穏やかな感覚だった。ゆっくりと、少しずつじわじわと、自分の体がどこかへ沈んでいく。
そんなときだ。
突然、その場にそぐわない、キラキラとした空気が現れたのは。
同時に、その空気の真ん中に、何故か顔を見ることができない男が立っていた。距離は近い。近いのに、何故か男の顔は見えなかった。
「お前は、これと望むものをなんでも交換することができる」
男がこれ、というものはただの布のように見えた。最初に言われた『釣竿』というものにも、全く見えない。
ぼろぼろで、汚いただの布。
イルカはそれを朦朧とした視界で見る。
「おっと、釣竿じゃねぇとは言うなよ。もう釣竿は使っちまったからな。これしかなかったんだよ」
腕をあげることも、よく分からないことを言い出す男を見るのも面倒で、目を瞑ろうとすれば、無理やり手にその布を渡された。
「…いらない」
「釣り、じゃあねけが、何でも交換できるんだぜ。十分だろ」
「だから」
「金でも、名誉でも、女でも」
どうせ死ぬというのに、そんなものが要るわけもない。
イルカは再び目を瞑ろうとすると、その体をゆすられた。
「願うだけならどうせただだろっ。何か願っとけよ、ほら」
「……交換、だろ」
「いいじゃん。交換するだけしとけよ」
きらきらしているくせに、俗な物言いだった。
イルカは面倒だったが、渡されたそれを握り締めた。何故か、目の前の不思議な男が、少し焦っているようにも思えたからだ。
(交換、か…)
「ほら、急げよ急げって」
「…な、ら」
声を出すと、突然傷が痛み視界がぶれる。
イルカは最後まで声を出せたのか分からないまま意識を失った。
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