もしもの話 中編 1 


 衝撃で倒れたいのを必死で堪え、イルカは一息はいた。
 忍の世界には色々なことが起こりうる。九尾のような化け物もでれば、性別変化だって思うがままだ。「そんなことはありえないと」思っていたものは、ことごとく覆されてきた。
 だから、イルカは敢えて冷静になってみる。
 『目の前の男が、自分の未来の知り合いである』と仮定して。
(俺のことを、だましてもなんの得もねぇし)
 天涯孤独、更に特出した才能もなく、おまけに貧乏生活を極めつつある自分だ。
「…俺が、若返ったという可能性は?」
「さすがイルカ先生。冷静だねぇ。それは多分ないよ」
「なんで?」
「だって、今イルカ先生、ここに所に住んでないし。食材の日付も、日付が古いしね」
 どうやら既に調べられたらしい。
 怪しむ目を向ければ、にこりと男は笑った。その笑みは、どこか居心地が悪く、イルカはふいっと視線をそらす。
「まぁひとまずさ。そんなわけで、俺は外に出れない。あんたは具合が悪い。ので、看病するってことで」
「はぁ!? 俺にとってはあんたは知り合いでもなんでもない」
「まーまー。ほら、熱がまたあがるよ」
 言われた瞬間、確かにくらりとした。それを男の大きい手が支える。それはどこか久しぶりの感覚だった。
「まずは着替えの続き」
「ぎゃぁっ」
 布団剥かれ悲鳴をあげる。カカシと名乗った男は、おまかいましにズボンを奪い去る。
「あと下着も」
「じじじじ、自分で脱ぐしっ。つーか、お前どっかいけ!」
 怒鳴ると、カカシはきょとんとした後、くっくっく、と可笑しくてたまらないというように笑った。
「あは、ははは! そ、そうですよね。うん、そうだねぇ」
「な、なんだよっ」
「なーんでもないよ」
 笑ってカカシは、いつのまにタンスをあけたのか、イルカの着替えを放り投げる。
「台所借りますよ」
 もう借りてますけど、という声を聞きながらもそもそとイルカは着替えをする。体は確かにだるいが、それでも驚いたせいか、体を動かすきっかけができてよかった。無事に水分補給もでき、更に着替えまで出来た。ごろん、と横になる前に、カカシが更に盆に何かをのせてきた。
「はい。さっき作っておいたの。少しご飯食べてから、また寝なさい」
 うるさい、と文句を言おうとしたが、その匂いに思わず腹がなった。
「腹が減ってるなら、熱があがりきれば治るね」
「だっ、よ、四日は食ってなかったから!」
「四日!?」
 その日数に、カカシの方が目を丸くした。
「あんた…無茶するねぇ…。どうせ水分もろくにとってなかったんでしょう。この高熱で」
 呆れたようにカカシは呟き、「肌もガサガサだし」と指で優しく頬をなでられた。
「兵糧丸は?」
「あったけど…」
「けど」
「……」
「けど?」
 カカシの言葉にはどこか有無を言わさないものがあり、イルカは正直に続きを口にした。
 目の前の男が、忍として自分より強いからではない。
 どこか、懐かしい強さが、イルカを少しだけ素直にさせた。
「高いから」
「は?」
「っだって! あれ高いじゃんかよっ」
 言うと、カカシは眉を寄せた後にため息を一つはき、それから拳骨を一発よこした。
「い、いてぇっ」
「死んだら元も子もないっ」
「死なないよ!」
「死ぬ」
 カカシの声が突然冷ややかになる。その迫力は、まさしく現場の忍そのもので、思わずイルカは体がすくむ。
「あんたのその体で、この高熱を出し続けてれば体力が先にもたなくなる。チャクラの調節どころか、消費しかできない今、このままいたらどうなってたか、あんた、本当に分からないの?」
 ぞくりと、背中につめたいものが走る。
 カカシの目はそらされない。イルカは何かを話そうとしたが、その目の前では言葉が何も出てこなかった。
 代わりに、違うものが零れ落ちた。
 ぼた、と落ちたそれは涙だった。




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