夜の酒場と言えば、よほどの店でなければ、賑やかなものと決まっている。受付所から比較的近いせいか、日ごろから賑わいのあるこの店も同じで、活気のいい店員の声が行き交い、そして客達の楽しそうな笑い声や、喚く声が響いていた。
そんな中。
「……はぁ」
切り離された空間か、と思うほど重いため息をつき、周囲を恐ろしく暗い空間に変えている男がいた。言わずと分かりそうだが、木の葉一の技師とか、写輪眼のカカシとか呼ばれてしまっている男だ。
「俺は、今日こそもう帰るぞ」
そしてそんな暗い男につき合わされている男がいた。こちらもすぐに分かりそうだが、髭面でちょっと怖そうだが、実は最近思わぬ面倒見のよさが発覚したアスマだ。
「………はぁ」
「だー、面倒くせぇ!俺は、今日こそ帰るんだよ!」
アスマは叫んでテーブルを叩いてみるが、立ち上がることはしない。何故なら、どうせ逃げ切れないと分かっているからだ。悲しいことに、目の前で嘆いているくらい男は元暗部。実力主義の世界って嫌だと心の底から思う瞬間だ。
だから、アスマは煙と共に長い息を吐いて、それから、もう何度となく言った言葉を吐く。
「つーか、いい加減お前さっさと仲直りしてこい」
そう。
数日前。何が理由かは知らないが、カカシとイルカは派手に喧嘩を起こしていた。
「ううう。それがさー。聞いてよ、アスマ!」
「だからっ。一昨日から聞いてやってんだろうが、この馬鹿がっ」
「だって」
アスマは飲んだ酒を噴出しそうになる。いい年した男にだって、とかなよなよと言われたところで心の底から気持ち悪い。
「だって!イルカ先生がさ、ずっと任務にでていたわけよ。で、里に戻ってきてさ、本当は一番に会いに行きたいの我慢してたのに…あの人は……家に行ったらもう寝てるんだよ!」
「ま、まぁ任務にでりゃ…疲れるだろ」
「そうだけど!じゃあ俺はどうすりゃいいの!」
「……一緒にでも寝とけ」
「勝手に入ったら怒られるっつーのっ」
「………」
真顔で当然のように即答してくる男は、疑うまでもなく本気で言っている。これがいけないと分かりつつも、それでもやっぱりちょびっとだけ心の底から同情したくなる。
週に1回のエッチと聞いたときも卒倒しそうになったが、なんて悲しい日々をすごしているのかと、これがあの色んな噂を流していた男と同一人物なのかと切なくなる。
「でもさ、さすがに俺も我慢できなくてさ」
「そりゃそうだろ」
「せめてと思ってじっと見てたのよ」
「………」
「そしたらさ、突然夜中に目を覚ましてじっと見てる俺を見て、すんげぇ怒り出したの!なんでっ」
「……普通に、怖いだろ…どうせてめぇのこった。電気もつけてなかったんだろ」
「だって、電気なくても見えるもん」
アスマはもうぐびぐびと酒を飲む。それしかない、というように、面倒くさいからお銚子まとめて5本くらい頼んでもうどんどん飲んでいく。
「で、なんだかんだ言い合いしてたら1週間出入りすんなっ、て怒鳴られて」
「て?」
「次の日忘れて遊びに行ったら殺されそうになった」
「……お前ら、本当に付き合ってるんだよな」
言った途端、カカシががばりと顔をあげる。
「付き合ってるに決まってるでしょ!恋人に決まってるっしょ!恋人!」
「お、おう」
「……なんだと思うんだよー……思うんだよぉ…」
ガン、と起き上がったと思う男は床へとつっぷした。涙で机がぬれていないのが、本当に不思議だ。
「……ついこないまで、すんげぇ浮かれてなかったか?」
「初めてイルカ先生に俺好かれてるかもって思ったんだよ。けどさ。…なぁアスマ」
「何だ」
「…あれ、夢?」
「………」
もはや、カカシが可哀想ではない。
可哀想なのは自分だ、とアスマはようやく気づく。だが気づいたところで逃げられない。もはや今度から捕まる前に逃げないといけないと、真剣に思う。
「ちょっと!何も答えないってことはお前夢だって言いたいわけ!?」
「逆ギレかよっ」
「つーか、あれは夢じゃない!いや、夢だっ」
「どっちがいいんだよっ!」
こうして、木の葉の里の夜はこっそりふけていったのであった。
「はぁ…」
アスマと別れて、カカシはとぼとぼと歩いていた。足は結局イルカの家へと向かっている。
「会えなくても…外から見るくらいならいいよねぇ」
自分でだって情けないということは、嫌というほど分かっている。それでも好きなのだからしょうがない。
そう。別に強くでようと思えば、強く出ることなんて出来る。だけれど、そんなことをしたくないからしょうがない。それにそんなことをすれば、自分の好きなイルカの顔が見れなくなるから駄目なのだ。
「難しいね…恋愛って」
しょんぼりと肩を落として、夜道を歩けばあっという間にイルカの住むアパートが見える。
昨日は声をかけて、ひどい顔で睨まれた。一昨日は問答無用で追い出され。今日は廊下でこっそり見ていたら振り向かれ思わず一目散に逃げてしまった。
やっぱり好きな人に怒られるのは辛い。それでいて、イルカが一週間、といったのなら一週間は許す気がないのにつきまとってうざいと思われるのも、本当は嫌だ。
「……もう寝ちゃってるか」
ドサリ、とイルカの部屋の窓が見えるところで腰をおろした。
ぼーっと意味も無く部屋を見る。もう今日は時間も遅い。ここから見て、満足して帰ろうと思った瞬間、後ろの方から気配を感じた。
「え」
慣れた気配だったから、反応が遅れた。
「え、あ…え?」
気づいていたにしても、気づけなかったにしても、どっちにしろ、カカシは多分ロクな反応はできなかった。何故なら、振り向いた先には男の足がある。そして視線を上にずらせば――――。
「イ、ルカ先生……」
何故後ろから。
何故ここに。
「………あんたは……」
「え」
「一体、何なんですかっっ」
「わ。先生今真夜中…っ」
「この馬鹿上忍!変態っ!」
「え。ちょっと変態って」
ひとまず喚くイルカの口を抑えて、イルカの部屋へと勝手に駆け込む。近所迷惑になって後で困るのは、イルカだからだ。
部屋は運良く鍵はかかっていなく、あっさりと二人の体は玄関へとなだれ込む。勢いに従い、玄関に座ったのはカカシで、イルカはたったままじっとカカシを見つめている。
まだ怒ってるのか。怒っていないのか。
判断が難しく、カカシはただじっとイルカを見ていた。
だが、怒ったような顔をしてるイルカの瞳が。じわりと。揺れたのを見て、カカシは慌てて立ち上がり、イルカの頭を抱え込むように自分の方に引っ張った。そのまま勢いあまってカカシの体は床へとあたる。
「…先生、もう怒ってない?」
「俺は、あんたのそういうところが嫌いです」
「え」
きっぱりと言われてさすがに一瞬思考が止まる。
「なんで、何にも無かったかのように…!」
「え、あちょっ。いたたたっ、イルカ先生っっ」
ギリギリとしがみつく手に力を入れられ、わざとだろうが爪まで立てられカカシは悲鳴をあげる。だが、反対にそこで口を閉ざしてしまったイルカが心配になり、カカシはイルカの体をぎゅっと抱きしめる。
久しぶりだ。
この抱き込む感触。愛しい人の体。
「好きです」
だから、いつものように口から漏れる。
しかし、その言葉を聞いた途端、イルカはまたカカシに爪を立てた。
「ならっ」
顔をあげたイルカは、本当に、今にも泣き出しそだった。
切羽詰ったような表情。
「あんたは、なんでいつも俺に遠慮するんだ」
「は?」
「いつも俺に怒られないかってあんたはビクビク、ビクビクして…!こないだだってそうだ。久しぶりに会うのに、あんたはビクビクして気配だけで近寄ってこないし、家に帰ったら結局また一人で離れて見てるし…っ!」
半端じゃないスピードで、多分かなり本気に近い勢いで拳を振り上げられた。
だが、カカシはゆっくりと目を閉じる。
そして、そのまま殴られた。
だって、今イルカはなんと言ったのか。 「痛い…」
イルカ自身殴れるとは思っていなかったようで、殴った後に呆然とカカシの顔を見た。
「と、当然ですよっ!な、何殴られてるんですかっ」
「やー夢じゃないかなぁって」
へへ、と笑うと集中してダメージを軽減させてみたものの、やっぱり口の中は切れてるようで痛みが走った。
慌てて頬に手をかけるイルカを見て、カカシは嬉しくて笑った。あんなに憂鬱で心配していたことが、消えている。心がぷわっと軽くなる。
それが嬉しくて、だから少しだけ甘えるようにイルカを見た。
「先生、舐めて」
あーんと口を開けると、イルカはさすがに目を見開く。
「痛かったから」
付け足すと、イルカの顔が少しだけ近づいた。
カカシはそのままぐいっとイルカの頭を引き寄せる。そうすれば、素直にイルカの舌が口内へと入ってくる。生暖かくて、気持ちがいい。食べるように、飲み込むように味わえば苦しいのか上にのったままイルカが鳴く。舌を開放して、歯茎や唇を舐めてやれば、イルカは熱い息を吐く。だから、もう一度深くイルカの唇を貪った。
「俺、本当にイルカ先生が好きなんです」
耳元で、そっと囁けばイルカの体が震えた。
「知ってます」
それに、迷いの無い声が返ってくる。
「あんたはしつこいくらいなので、いやって程知ってます」
「俺のために、さっきあんなに怒ってたんだ」
「違います」
「……あれ」
ばしっと、カカシの頬を両手で挟まれるように叩かれた。
「俺、今日誕生日だって知ってました?」
「…………」
「最初に怒ったのはあなたのだめですが、今日のは俺のためです」
八つ当たりしに一度あんたの家に行ってしまいましたと、イルカは睨みつけるような目をして言う。
「ははは…すみません」
「まぁ。あなたは何にしても思い込みが激しいので、知らなくてよかったかもしれないんですが…全く知られてないのも腹たちますね」
「……ははは」
カカシはもう笑うしかなくて、小さく乾いた笑い声をあげた。
「ついでに、…俺に嫌われないかとびくびくしてるあんたも腹がたつ」
そっと、照れを隠して怒る愛しい人の体へと手を伸ばす。今だけは、はたかれても何を言われても、この手を止めたくないとカカシは心の底から思うのであった。
場所を変えたがっていたイルカを押さえ込み、弱いところを責めてしまえば、イルカの思考はあっという間に違うことに奪われた。ギリギリまで追い詰めた自身から溢れる先走りを遊ぶように舐める。その度にびくびくとイルカの体がいやらしく動く。
「さ、っさとやればいいだろ…っ」
悲鳴のようなイルカの声。
一度少し顔をあげて、にこりと寝ているイルカに微笑んだ。でも指を抜かず動かせばイルカはひっと息を呑む。
ああ。いいね。そう、こんな感じ。
「やです。まずはイルカ先生に」
イルカが涙で滲んだ瞳で、カカシを見つめる。ぞくぞくとしたものが背中をかける。
「死ぬほど感じて頂きたいと」
「きゃ、っか!」
「返品不可ですよ。プレゼントは」
そのまま、もう一度イルカ自身を咥え、力強くすいあげればイルカは悲鳴のような声をあげる。それを聞き逃さず、ぐっと根本を抑えつけるとイルカの体だけがびくびくと跳ねる。
それでも構わず先端を吸い上げ、舌で愛撫を加えながら、ぐりぐりと前立腺を弄ればイルカの体が痙攣するように震えた。
「や、や…やめっ。離……っ」
痛いぐらいの快感に耐え切れず、イルカは涙をこぼす。それを見てから、カカシは抑えていた指を外し、裏側を舌でゆっくりと舐め上げる。
「カ、カカシ先生」
涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔が自分を見ている。珍しく舌ったらずな声が耳に入る。
カカシは一度手を離し起き上がり、イルカに口付けた。そして同時に、足を抱えあげ、乱暴に挿入する。
「ひ、んっ」
甲高い声をあげて、イルカが達したのが分かる。熱い呼吸を絡めろとるように口づけ、そのまま休む間を与えないように動かせば、イルカが苦しそうな声を漏らす。だが、それはとても甘い。苦しそうに聞こえるのは、イルカの眉が寄っているから。きっと、何か意地を張っているから。まずは、それを溶かさなくてはいけない。
「声、聞かせて」
耳元で囁けば、嫌がるようにイルカが一瞬睨みつけるが、動きを早くすれば甲高い声をあげる。
「普通は、こんな声聞いても楽しくないんです…っ」
「だから、俺は楽しいって言ったじゃないですか。ぞくぞくします」
「ま、真顔で言う……あっ!あ、あっ」
腰を揺すれば開いていたイルカの口から、甘い声が漏れる。それをふさがせてなるものかと、気持ちよく纏わりつく肉を穿つ。包まれる気持ちよさと、耳に響く甘い声、そしてイルカの顔。次第に何も考えられなくなり、突き抜けるような快感にカカシも支配されていく。
「つあ…んっ、は、あ、あ」
「…ルカ、先生」
だが、それを止めたのはイルカの手だ。揺すられながら、視界に入る手。弱弱しく、だけれど何か意思を持って伸ばされる手。
腰を突き入れたまま回せばひん、と甲高い声があがる。なんとなく、それと共に手が戻るかと思えば、手だけはそのまま止まっていた。
一体何を。と思った。
だがその手はまっすぐカカシの額に触れる。
「……え」
カカシの額の汗を触る。
それに、イルカは半分にごった瞳で、うっとりとカカシを見る。
「気持ちい」
「…っ」
もったいない。
「あ――っ、あ…」
ただ頭の奥で思った。射精しながらも、悔しくて腰を動かせばイルカの可愛い瞳が隠れた。
「あ、あ…っ、んあっ」
「ちょっと揺すれば元気になると思いますん、で…っ、」
「あうっ、い、一回ぬけぇ」
言われた瞬間、カカシは素直にイルカの中から自身を引き抜いた。まだ萎えた状態のそれがぬけると、いやらしい音がしてイルカの中からどろりとした己の精液が零れ落ちた。それを凝視していると視線に気づいたのか、イルカが顔を赤くする。
「何見てるんですか」
「や、ひどくしちゃったから…後で痛んじゃうかなぁって」
怒ります?といいつつも、手は中途半端に勃ったままの性器へと伸びる。
「はぁんっ」
「ごめんなさい。ちょっと夢中になっちゃいました。これで終わりにするから」
カカシはそっと性器を掴み、嬲り始める。くちゅくちゅとそれは、すぐに淫らな音を立て始める。
「うう……」
胸の突起を舐めるカカシの頭をイルカは抱え込むように抱きしめてくる。熱い息を感じる。それが、カカシはひどく嬉しかった。
だから、もう後はイルカの快楽だけ追って、それで終わりにしようと思い手を動かす。
「…から」
「え」
耳に噛み付かれた。
「いいから、」
驚く間もなく、今度は多分今のイルカには精一杯の、頭突きが軽く食らわされた。
「中途半端に」
そのまま、ぎゅっと抱きつかれる。
「可愛く、もどるなっ」
イルカの手がカカシの下肢へと伸びる。
そのままイルカに噛み付かれるような口付けをされ、ようやくそこでカカシは我に返り、きつくイルカを抱きしめた。
「……可愛いのは、イルカ先生です」
「普段の、あんたのが可愛いですよ」
カカシはそれから夢中でイルカを貪った。
初めて、イルカに嫌われるとかそんな心配が頭から抜けた情交だった。
「イルカ先生」
「……はい」
「先生―っ。こっち向いてくださいよーっ」
「……少しでも触ったらもう二度と顔を見ません」
いささか激しい情事が終わり、イルカは気絶するように眠った。それから、朝になりイルカは目を覚ますと布団を頭からかぶり隠れたままだ。そして、いつもの通り情事の後は口が悪く、怒りっぽい。
「…つーか、何もかもあんたのせいですよ」
がらがらに枯れた声。
それがまた幸せで、カカシはにへらと笑う。
「え?」
「嬉しそうな声を出すなっ」
ガン、と布団の中でカカシの足を蹴るがたいしたダメージにはなってなさそうだ。
「先生、今日の夜はまた来てもいいですか?」
「俺のベットに入ったら殺しますよ」
「構いません」
「え?」
即答した答えに、何故かイルカが布団から顔を出す。
「え、あ…ベット、入りませんよ?」
「あ」
そっちですか、と呟いた声は運良くカカシには聞こえなかった。
イルカはまた頭から布団をかぶるが、思い出したように布団をかぶったままカカシの方を向いた。
「あんたは、しつこいんですが」
「……はい」
「うじうじ悩むから、しつこいんだということが最近分かりました」
「………はぁ」
「なので、しつこくなるくらいならうじうじ悩まんでください」
イルカは、何を言おうとしているのだろうか。
「俺は、別にあんたのことを嫌いになったりしません」
「え」
「だから、今年はもうちょっと落ち着いたカカシ先生を俺にください」
「イ、イルカ先生っ」
「つーか、今は近寄るな!触ったら殺します!」
「嫌です。だって俺悩まないんでいいんでしょ」
「…っ!ものには、程度ですよっ」
イルカの悲鳴を聞きながら、カカシは満面の笑みだった。
今なら殴られようが、蹴られようが確実に幸せだといえる。
だって本当に。
もうこれ以上無いほど、幸せな朝だった。
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