「ほら、カカシさん。せめて今日くらいちゃんと櫛を入れて下さい。」
「はぁ…」
部屋の中を飛び回りながらも小言を忘れないイルカに、カカシは気の無い返事をする。
「火影様は勿論、皆さんカカシさんの為に集まって下さっているんですからね。」
ぶつぶつ言いながらもカカシの髪を梳かすイルカだがその声は優しい。
齢40を超えた頃からカカシの『眼』は動かなくなっていった。とは言っても、激痛が走った訳でも拒否が出て腐り始めた訳でも無い。ゆるゆると静かに、その機能を低下させていったのだ。…まるで『自分の役割は終わった』と告げるかのように。
医療班がどれだけ調べても原因を掴めなかったその症例に、最終的な判断を下したのは代替わりして間もない火影であった。
『先生はもう、充分里の為に働いたってばよ。』
そして最早光陰位しか判断出来なくなったその眼を封印し、引退を勧めたのである。
里の看板である『写輪眼のカカシ』を失う事に難色を示した重鎮達に対し、異を唱えたのは現うちはの当主や日向、そして里の名立たる名家の跡取り達であった。
大丈夫。もう後は自分達が引き受けるそう宣言してのけた里を継ぐ者達の、心を篭めた説得に少しずつ皆が折れ。
最後の残っていた相手も、とある教師の言葉についに納得せざるを得なくなった。
彼はこう、告げたのだ。
『ならば彼には次代を育てて戴きましょう。彼の内には千とも言われる技と、それを用いて切り抜けたあらゆる事態が秘められています。それを書に記し、あるいは語る事で木の葉の若葉達の新たな糧として貰いましょう』と。
彼の様々な経験を次代に伝えられれば里にとってどれだけ益となる事か。
何より、引退では無い以上任務は特に請け負わないにしても『写輪眼のカカシ』は里に常駐する事となる。
それは充分に里の士気を高揚させるし、また他里への威嚇になり得たのだ。
「ほら、カカシさん。」
「はい。」
ぽん、と背を叩かれ。相変わらずの猫背姿で執務室へと向かう。満面の笑みを浮かべて待っているだろう金髪の火影の元に。
味覚を取り戻す事は叶わなかったが、それ以上を失う事はないまま時を重ねて来た。
そしてカカシは。
明日からはこの、ずっと暖め続けてくれた人と共に新しい道を歩くのだ。