「胸が痛い…」
「は?」
受付で任務報告の順番待ちをしているカカシがポツリといった一言に、アスマと紅は会話を止めて振り返った。
それからまじまじと二人はカカシを見る。
「今なんて言った?」
「胸が痛い」
「誰の」
「俺の」
カカシは胸に手を当て少し体を倒している。
アスマと紅はお互い確認したものの、状況をまだ飲み込めないというように呆然とカカシを見る。
「…私、こいつは世界が滅びても生きてると思っていたんだけど」
「…奇遇だな、俺もだ」
呟いた後、アスマは慎重に問い掛けた。
「怪我、してるわけじゃねぇよな」
「してない。や、ある意味怪我なの?これ」
カカシは呟きながら顔をあげる。アスマと紅は一瞬逃げ出したい気持ちにかられるが、そうすることは出来なかった。
何故か体がすくんでしまったのだ。
「今、心が傷ついた」
「誰の!」
「俺の」
「ありえねぇ!」
あのカカシだ。繊細な感情とは完全無縁の天上天下唯我独尊の男だ。
冷たい奴でも悪い奴でもないが、そんな繊細な面をもってるなんて想像がつかないほど、したたかで自分上等な男なのだ。
「恋をしてるの、俺」
アスマと紅は、カカシの言葉に世界は今日で終わりを告げたのかと上を見上げる。天井はいつもと変わらない柄で二人をむかえ、窓からは穏やかな日差しが差し込んでいる。現実逃避をするには、とてもいい天気だ。
だがそこは現実的な女性。先にわれに返ったのは紅だった。
「…百歩、いえ一万歩は譲るわ。で、あんた、一体誰に恋をしたのよ」
紅が問い掛けた瞬間、受付所に声が響く。
「お待たせいたしました。はたけ上忍いらっしゃいますか」
「はい!」
すっと立ち上がり、どこかいそいそと駆け寄るカカシ。そのカカシの動きに紅の顔は奇妙に歪む。
アスマは思わず煙草を落とす。
「…気持ち悪ぃ……」
「同感」
黒髪の男の前で、カカシは『まるで』普通の害の無い男のようにすら見える。
誰がどうみても、カカシが今相手をしている男に興味があることが丸分かりだった。男同士だとか何かを考える前に、ただアスマは呟く。
「すげぇ」
あのカカシを落としたのか、惚れさせたのか。
「…。あいつ、うまくいくと思うか?」
「さんざん構って、次第に相手も上忍と敬わなくなって、怒られ疎まれまくって、どうしようもないから結局無理矢理犯す力技に一票」
女が犯すいうな、と注意することも忘れアスマはただ頷いた。
(頑張れよ)
それは当然カカシへの言葉ではない。
まだ顔も良く知らない受付の男に向かってアスマは心の中でだけただそう呟いた。
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